真のヨーガ入門・「つべこべ言わず、黙ってやりなさい」

1月から「真のヨーガ入門」クラスに週1度通っています。

 

このクラスでは、よくあるアーサナもプラーナヤーマもありません。やることは、先生の指示する通りに、体を動かすだけ。体を動かすといっても、難しい動きではなく、「右手を挙げてください」とか「右足を上げてください」というようなとてもシンプルな動き。そこに、回を重ねるたびに、「5回繰り返してください」とか「呼吸と連動させてください」という指示が加わってきます。先生は、いったいどんな意味があってこんなレッスンを何回もくりかえすんだろうか?と疑問が浮かぶほど。ただ、手を上げ下げしたり、曲げ伸ばしするだけ。普通のヨーガ教室ではあり得ない光景だと思うし、仮に巷のヨガスタジオでやったら、一人もお客さん来ないだろうなと思うほどです。

 

ヨーガの道に入ろうとする者の、はじめの難関に、その道に入るのに必要な謙虚さが不足しているということがあるそうです。初学者は、あれこれと思考して質問をしたり、あーでもないこうでもないと議論をしてしまう。あれが知りたいこれが知りたいと、あーなりたいこーなりたい、とその道に土足で上がるような態度では、神聖な科学であるヨーガの道への「扉」は開かれないのだそうです。そもそも、粗雑で物質的な価値観に染まって生活している現代人が、そのような価値観を超えて、体験したことのない精妙な霊的な世界に入ろうとしているときに、今までの価値観に照らし合わせて言語的に理解すること自体が無謀なことなのだと感じます。

 

そのようなありがちな状況に対しては、一言でいえば、

「つべこべ言わず、黙ってやりなさい」

ということなのだ、と先生は教えてくださいました。

 

先生からの教えをを思い出しつつ、指示通りやろうとすると、こんなシンプルなことなのに、これが意外にも難しい。指示通りにできない!全くできない!やろうとすると、余計な思考、関係ない記憶が次から次へと湧いて出てきてしまう。そのたびに、手綱を締め直し、指示通りのことをしようと集中しなおす。でもまた、ふとした瞬間に、指示通りに動いているのではく、自分の記憶に染みついた動きを勝手にやっていたりすることに気が付く。そして関係ない妄想に意識が奪われていたりする。

 

誰かが言った「人間は習慣の動物」という言葉の通りだなと思う。自分の肉体のはずなのに自分の意識下でコントロールできていない。こんなシンプルな動きでさえもだ。いかに日常の生活が、潜在意識や記憶に支配され、刺激に対して自動化されたロボットのように、反応的に生きていることか。ヨーガではその原因を残像印象「サンスカーラ」というそうだ。

 

じゃじゃ馬の手綱を引き締める。この練習も「馬にくびきをかける」というヨーガの意味につながっているのかな?なんてことを思う。

 

そのような体験で始まった「真のヨーガ入門」クラス。その後、5回目のクラスには2週間のブランクをあけて参加することになりました。5回目のクラスでは、「感じてください」という指示が新たに加わりました。自分で新たな感覚が広がり始めたのは、この5回目のクラスからでした。

 

結果的には、ブランクがかえってプラスに働いたのだと感じています。クラスが始まる前、あれ?このクラスっていままでどんなことやってたっけ?と、わからなくなっていた。他の生徒さんにおくれをとるけど、ゼロからのスタートでも仕方ないと観念して、まっさらな状態にしよう、初めて受ける気持ちでやってみようと臨んだ。これまでの記憶が一度リセットされ、記憶の働きや反応的に動く働きが弱められていたのだと思う。

 

手を上げ下げしながら感じる。足を曲げ伸ばししながら感じる。記憶や反応に自分の手綱を時々奪われないように気をつけ、奪われてもすぐ取り戻せるよう注意しながら、指示通りに動くことに集中して、感じる。

すると、徐々に今まで感じたことのないような感覚が広がってきた。

 

「腕を上げる」という一つの動作の中に含まれる、三角筋、広背筋、大胸筋、名前の知らないような小さな筋肉、一つ一つの筋肉の収縮や弛緩、伸びや緊張。骨が関節を軸にしてねじられていく動きの様子、血圧や体液の移動、重力に対する皮膚のたるみ、動いた後の皮膚に伝わる熱や痺れ。一つの動作の中で、こんなにも細分化された変化があるのだなと感じる。感覚が拡大したような、より敏感になったような、味わったことのない状態だった。

 

クラスが終わってみて、脳に何とも言えないもや~っとした疲労感がある。先生によると、激しい動きの方が披露するように思われているが、そうではなく、繊細であればあるほど疲労をするもので、その繊細さを訓練されていないから疲労するのだと。

 

 

ヨーガは、ホリスティックな科学。解剖学、力学、生理学など、より”粗雑”なレベルにある肉体的な領域はもちろん、より”繊細”なレベルにある、感情や記憶や意識、エネルギーや波動、精神世界や魂の領域にまで広がっている科学だ。

これから、より“精妙”なレベルを扱っていく段階に入っていく、そのためにまずは“粗雑”なレベルを感じ、扱えるようになる必要がある。物質レベルの粗雑なものを扱えず、どうして目に見えないような精妙なレベルを扱えようか。

 

クラスの最後に先生は、そう教えてくださいました。クラスを受けてみて、正直なところ、手を上げ下げしていることが、ヨーガの何につながっていくのだろうか?と疑問を感じたこともあるほどだったので、自分にとって、とても印象に残る言葉とった。

 

「つべこべ言わず、黙ってやります」

長い道のりは続きます。

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