
先日Juna先生のブログで死の間際までヨーガとともにが掲載され、管理人さんから私のFBの過去日記を掲載させて欲しいと要請がありました。
この記事は2012年7月にFacebookに書いた内容です。
恭子さんと私は、入門コースの同期でした。
恭子さんが、子宮頸ガンのステージ4(最終段階)だということを知ったのは、お亡くなりになる2ヶ月前でした。
恭子さんが入院されたと聞いた時は、ショックで涙が出てしまい、恭子さんが教室に戻ってきてくれるようにと願いました。
恭子さんは、いつも「気の流れを良くしたい」と言っていました。
すると先生は、「じゃあ、その「気」って何だろう?」私たちに質問を投げかけます。
言葉では知っていても、その意味までは知らないことを、先生に見抜かれているからです。
「心」って何? 「ヨーガ」って何?生きるってどういうこと?
知っているつもりだったことに気づくこと、ここから真のヨーガの学びが始まります。
スポーツクラブやヨーガスタジオでは、到底経験するのできない師と弟子のようなヨーガの学び方です。
現在、ヨーガインストラクターの数は年々増加していますが、上記の質問に答えられるインストラクターは、存在する数ほどには多くないかもしれません。
私も、様々なヨーガクラスに参加してきましたが、ヨーガというより肉体的な運動で、また自分の志しもなかっただけに、続くことはありませんでした。
私事になりますが、ある時からフィットネスやアロマ関係の勉強や仕事をするようになりました。
それからは、何もかもが順調で自分は健康的になったかのように思った矢先、咳喘息になってしまいました。
咳で眠れない毎日。酸欠で頭痛と嘔吐の繰り返し、呼吸困難。挙げ句の果てに、自律神経失調症によるめまいと吐き気、精神不安定に陥りました。
自分を気遣わずにきた結果、私はやっと気づきました。病気の原因は心にあることを。
私に真の健康の意味に気づかせてくれたのは、今通わせていただいているヨーガ教室でした。
脚も浮腫んで歩行も困難な状態なのに、「呼吸を整えることは精神にも良いから、ヨーガをまだ続けたい」と希望していました。
2012年6月15日の個人指導を最後に、再び教室を訪れることはありませんでした。
ヨーガの実習を続けることを望んでは、「心のことを知りたい。良くなりたい。生きたい」と先生に訴えていたそうです。
恭子さんは、自分の否定的な心が病気の原因だと悟られた方だからこそ、ヨーガに対する思いが誰より本気だったのだと思います。
恭子さんに死期が迫ってきた頃には、「全て、死も受け入れます。全てが感謝ですよね!」と先生に笑顔で仰っていたそうです。
恭子さんは、「自分の経験が誰かの役に立つなら、惜しみなく何でも書いてください。」ともお伝えしていたそうです。

それは、誰かの生きる望みになるなら、私のヨーガの経験を、ガンであってもヨーガは実践できることを伝えて欲しいという恭子さんの願いであったそうです。
クラスの後、先生と有志の方でお見舞いに行く機会がありましたが、その時はすでに恭子さんは昏睡状態でした。
恭子さんは、先生と話したくて意識を戻そうとするものの、すぐに白目をむいて眠りに入ってしまい、会話もまともに続かない状態でした。
それでも、「恭子さん、今何がしたい?」という先生の声に反応して、「病院を探す。ここは治療の方針が違うから」
恭子さんは、薬で意識を奪われていても、生きる意志は健在でした。
私は、恭子さんがありのままの姿をもって、私たちに見せてくれたヨーガの志しの勇姿を、自分の目で見て手を握り、感謝の気持ちを伝えたかったのです。
私は、恭子さんに一瞬でも香りを感じて、華やいだ気分になってくれたらという想いを込めて、アロマスプレーを作って持って行きました。
教室ではないベッドの上の恭子さんを見たとき、私はやっと会えたことが嬉しくて、大きな声で叫びながら抱きつきたい思いでした。
でも、恭子さんに呼びかけても、もう反応はありませんでした。
そんな中たった一度だけ、カッと目を開いて私たちを見てくれました。そして笑いながら、「うれしい・・・」と言ってくれました。
まるで赤ちゃんが、初めて「ママ」と言った時のような喜び方でした。

私達は、生きることを証明してくれた恭子さんの魂の姿を残すべく、写真を撮ったり、みんなでマッサージしてあげたり、歌を歌ったり話しかけたりしました。
魂には全て伝わってるはずだから。そう思えたのは、ヨーガで魂のことを学んでいたからです。
自分の健康を阻害してきた私は、恭子さんの生き様から、今まで本当に生きていたのかと懺悔の念にかられました。
そうは思っても、心は簡単には変わらないこともヨーガから学びました。形状記憶のようにすぐ元の心に戻ってしまう。その心の状態が不健康であっても。
でも、どんな心であっても心を磨いていけば、神性を人間性に現していける。その原始的なツールが、ヨーガなのだそうです。
ヨーガは、自動的な生き方から人間を変えていくツールだと先生は言います。恭子さんも、ヨーガで根本から自分を変えて、魂の力で生きたかったのだと思います。
病室から出ると、恭子さんのご友人の方が先生に言いました。「恭子は、ヨーガでガンを治療したいと言ってました」
2日前、先生が恭子さんを訪問して帰られた後、病室にいたご友人に語った想いだそうです。
そのことを知った先生は、「健常者のストレス発散や単なるリラックスのために私はヨーガを教えたいんじゃない。
なぜいい加減な生き方ばかりしてる人たちがヨーガをして、本気で生きたい人にヨーガを教えられないの?」
泣いて悔やむ先生のお姿を、私たちは隣で見守るしかできませんでした…。

悲しい出来事でしたが、ヨーガを学ぶ私たちには、魂を目覚めさせる打撃になったのだ思います。
「ヨーガは、自分が健康になるためだけのものではなく、同胞に譲り渡していくもの」私が先生から習ったヨーガです。
先生は言います。「では手を上げてください。」生徒一同、手を上げます。
「では、心臓の鼓動を早めてください。」生徒一同、鼓動早くなりません。
「手や足は脳が指令を出せば上がります。動きます。では、心臓は誰が動かしているの?」
人間を創造された神様の力。
その力を生きて自覚すること。それが、ヨーガだそうです。
魂が地上で生きていくことは、「別離」「病気」「老い」「死」を経験していくことであることを、私はヨーガから学びました。
だからこそ、正しくヨーガを学んで生きていかなければならないと先生は言います。 死ぬ間際になって、死を受け入れられなくて苦しまないように。
身近で亡くなった方々が、身をもって示して下さった「生」。そのことに感謝をして、決して無駄にはしません。
自分が何度も病気になったこともそうです。あの痛みや苦しみを体験させて頂かなかったら、恭子さんの想いは、はかり知れなかったと思います。
私も恭子さんのように、全てを受け入れ、志し高く生きていけるように、他の方の生きるお手伝いができるように、ヨーガで魂を成長させていきたいと思います。
恭子さんに出会わせてくれたこと、恭子さんから魂のヨーガを学ばせていただいたことに、感謝します。
どうか、苦しむ魂がこの地上から減っていきますように。
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